第3話) アメリカ生活の夢を叶える

三十路に差し掛かった頃のある日、アメリカ人と結婚をした友達のお姉さんが日本へ一時帰国するとのこと。是非とも海外の話を聞いてみたく、海外の美容師事情について聞いてみた。
「本当に海外って、上手な美容師さんがいなくて、だから海外特派員とかテレビに出てくる人って、変な髪形してるでしょ」

「なるほど…、自分の次の向かう方向はこれかもしれない」

14年の日本の経験があれば…、鋏と櫛さえあれば…、自分は世界中どこにいたって生きていける。やはり昔に夢見た海外へ挑戦してみようか!でも、どうやって?
そう思っていたころ、一冊の本を手にした「アメリカ生活の夢を叶える」といったタイトルの本だったと思う。

そこに、ロサンゼルスで働く日本人美容師が紹介されていた。住所も載っていたので手紙と履歴書を送った。
「もし雇ってもらえるのならシャンプー専属でもよい、労働ビザをサポートしてくれるのなら雑用でもなんでもします。14年の経験のプ ライドは捨ててもよいです」
と手書きで便箋に向かって心を込めて書いた。

その数週間後にアメリカから国際電話がかかってきた。

「最初にアメリカの美容師免許を取らないといけない、試験を早めに申し込んで、テキストを送るから勉強しておいて。そしてビザの準備もしなくてはいけないか ら、弁護士費用と合わせて3,000ドルを国際送金で送って」
とオーナーは国際送金の仕方を教えてくれて、僕は受話器を肩に挟めながらなぐり書きでメモを 取った。


指示された通りにお金を送ったのだが、いくら待ってもテキストは届かない。電話をかけて、まだ届いていない事を告げると

「ごめんね、住所を間違えて書いて、戻ってきてしまった。もう一度送るから待っていて」

エクスプレス便で送ると3~4日で届くとのこと、しかし2週間待っても、まだ届かない。こんなやり取りが二回は続いた。

「こいつ、怪しい」

って思って、すぐに電話した

「来週、そちらに伺って、直接テキストを取りにいきます。そして弁護士費用の領収書も、その時下さい」

伺いますって言ったが、札幌からロサンゼルスだ(笑)

一週間後にはロサンゼルス行きの飛行機の中にいた。

案の定、実際に会ったらこのオーナー誠二(仮名)は挙動不審で怪しい、しかし、自分の海外行きの夢を叶えるためには、この人の手助けが必要だし、既に3,000ドルものお金を払ってしまった。

結局、テキストブックは従業員に貸し出してしまい手元にないとのこと、そんなはずないだろうと突っ込みを入れたかったが、ここは業界の上下関係の厳しさが染み付いているので、「そうですか」としか言えなかった。


尻尾をつかむために、誠二にあるお願いをした。

「ATMマシンが英語で良く分からないのですが、お金を引き出すのを手伝ってもらえないですか?」と一緒に銀行まで行ってもらった。そして自分の暗証番号を教えたのだ。

「これで、このカードの暗証番号を、このアメリカ大陸で知っているのは、自分とこの誠二だけだ」

数日後、誠二は

「ポケットにいつも財布を入れていたら危険だよ。強盗が入ってきた時に、財布も全部渡したら、あとが面倒じゃない。ポケットには20ドルくらい入れておいて、財布はここのサロンの裏側にカバンの中に入れておきなさい」

その時は確かにその通りだなと、アメリカで生活するためのノウハウかと関心し、素直に言われたとおりにした。

嫌な感は当たった。誰からも見えない場所に置いてあるカバンの中から、誠二は僕のクレジットカードを抜き出し、現金を下ろし、また財布の中にカードを戻したのだった。

すぐに日本から電話があり、カードが一日に30万円引き出されたとのこと。これを問いただすと涙を流して謝ってきた、すぐに返済するからと小切手を切って渡してくれ、銀行に持っていくと、一年以上前にクローズしていた口座の小切手だとのこと。バッド・チェックといって、これも立派な犯罪だった。

同じスタッフの里恵(仮名)もオーナーに300万円を貸していて、全く返してくれようとしないと分かった。毎月、電話が止められるから電話代を貸して欲しい。電気が止められるから電気代、追い出されるから家賃を貸して・・・・と彼女への借金が膨らんでいったそうだ。誰もが「どうして、この人はお金がないのだろう?」と不思議だった。

さらに誠二のお客さんにも、約1000万円のローンを組ませ、返済はお客さんに払わせて本人は知らん顔、このお客さんにはカット料金などを無料にしていたので、何かあるのだなと思っていたが、まさかこんな高額なローンを組まされていたとは。

結局は、このバッド・チェックとカードの盗みの二つが誠二の致命傷となり、警察沙汰になった。
スタッフの里恵のお客さんで、弁護士と市議会議員のお客さんがいたので、すぐに相談にのってもらった。さすがは議員さん、次の日には警察が来て、二人の警官が、店の表と裏口から同時に飛び込んできた。営業中にもかかわらず誠二は銃を突きつけられて手が後ろにまわった。

結局、ギャンブル中毒で、あらゆる手段と嘘をついてお金をかき集めてはカジノで全てを使っていたようだ。日本から問い合わせのあった美容師さんからも同じ手口でお金を取っては、知らぬ顔をしてお金を騙し取っていたのだった。

逮捕されてから、持ち家も財産も全て奥さんに譲り、離婚した。これで無一文の人からは損害賠償を請求しても奪い返すことはできなくなってしまったのだ。

「こいつを豚箱に入れるまで、絶対にアメリカから離れない」

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